2009年03月19日

「もういい」という言葉

私の父方の伯父(故人)の奥さん、つまり血のつながりの無い
伯母が転んで骨折して入院した。
当初、自分から誰にも知らせないで、と、娘に言い入院生活を
送っていたが、食欲が無くなり、吐き気やめまいが出て
内臓の検査や脳のCTやら、先日は胃カメラ飲んで、当人や
周りの思惑から程遠い状態になってきた。
はっきりしない病状と改善のめどが立たない入院生活で愚痴も
出てきて、誰も見舞いに来てくれない。とか、家に帰りたい。と
言い出して、従姉も負担が重くなってきたようで、入院生活が
1ヶ月過ぎた3月の始めに私に電話をかけてきた。
「顔出して、様子を見てやって」
伯母の歳は88歳。
元気な人で、孫と二人で暮らし、家事は伯母がしていた。
従姉は孫のお守りのために、月のほとんどを娘の家で暮らして
いる。電車で30分位の場所にいる。
病院が同じ市内で、私の通勤圏から、そんなに外れていないので
それから、休みの日や仕事帰りに見舞いに通っている。
体調が良い日は気持ちも前向きだが、点滴の時間が長くて
疲れた日などは愚痴っぽくなりバッド(下向き矢印)
ここで転院をした。この病院の場所も通える範囲内なので
少しの時間でも気分転換になるかと思い、出向いている。
転院して、環境が変わり不安もあったのか不穏になった伯母。
点滴を抜いてしまったり、管を取ったりで腰にベルトをつけられ
着慣れぬパジャマを管に触れぬよう着せられた。
夜はめまいと吐き気で眠れなかったし、体は全部痛いし、こんな
状態はいたたまれないから、自殺したいと言う伯母。
「どうやって自殺をするの?」
「飛び降りる。」
「それが出来たら、もう退院だよ。死ぬ必要ないよ。」
「あっそうか。。」
人がいると気が紛れるようだし、少しは笑える。
「陽気が良くなってきたね。退院したら美味しいもの食べに
行こうね。」
「そうだね。」
気持ちが前向きになって、良かった。と思うと、またすぐに
気の弱い言葉が出る。そんな繰り返し。。
昨日、話の最後の方で「もう、いい。」って言葉を使った。

「もういい。」って、死んでもいいってこと。
私の父は、闘病中、一度も言ったことが無かった。
「生きる」ことに一生懸命だった。前向きだった。
それでも体力が追いつかなかった。
伯母は、まだそんな状態では無い。
でもその言葉を吐いたら、引き潮のように「生」が遠のく感じが
した。見舞う側としても、そう言われると返答に窮す。
「何、言ってるの。まだよ。」と言いつつ、
弱音を言いたかったのだと思いつつ、
「じゃあ、仕方が無いね。」と心の中で答えてしまう私。
自分がそういう立場になったら、状態がどうあれ、父のように
見舞う人に希望を与える患者でありたいと・・思う。
覚えていられたら、ボケずにいたらのことだけど。
さあ、どうなるか?・・

おばあはボケちゃったので、「もういい」と言う言葉は吐かない。
先夜の「異食」でも、苦しかったのか、まるで死神と戦っている
ように寝た状態で手を動かしていた。

何がいいのか、良くわからないが伯母を見ていると色々思う。。






posted by ふみ at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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