2010年04月15日

生きている意味

介護のことが書かれた雑誌か、何かに「人は生きている意味が
あるのです。」とあった。
認知症になって、言葉もしゃべれず、自分の居る場所も
回りのものも判らなくなって、生きていて楽しいのか?
おばあの晩年の生きている意味は何か?
私は「体」が死ねないからだと、体力があるからだと思っていた
デイでも心穏やかに日々を過ごしていただけるよう対処する。
「生」を全うするのを見守り、手助けしましょう。
そういう感じで、私もそう決めた。

おばあは、私に「現実の生」を見せたのではないか。
認知症で何も判らなくなっても、生き続けて
風邪を引いて、肺炎になりそうな時も回復して
歳を取るって、こういうことよ。と、私に教えたのではないか
私の母は46歳で亡くなった。
その母の歳を越えてしまった私は、未知の世界に生きている。
おばあは、その母の代わりに私や夫や子供達に見せたのでは
ないか。
心構えを教えていったのではないか・・
おばあが生きた意味の一つかもしれないと、ふと、思えた。


posted by ふみ at 19:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 亡くなってから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。また来ちゃいました。

いつまで続くのだろう・・・と思いながら暮らしている毎日ですが、
亡くなってしまったら、私にも喪失感が襲うのかしら、どうかしら・・・と思いながら、
読ませていただいてます。
タイトルなど過去形になってしまったこと、
なんだかなんともいえない感慨があります。


何も分からなくなってなお、
生きなくてはいけない意味・・・
難しいですね。
人間は、死ぬのにとてもとても時間がかかるのだって、誰かが書いていました。
死に方、選べないしねえ。
せめて、生きている間は嫌われないような人間になろう・・・なんて考えます。
Posted by トボ at 2010年04月17日 23:50
ふみちゃん、おはようございます。

>認知症で何も判らなくなっても、生き続けて

でも伯母様は、生活していた。
ふみちゃん達ご家族と毎日温かく暮らしていた。

姑は今も病院のベッドで、横になったまま。
体の向きも一人では変えられず、
話すこともできない・・・。

入院生活が3年めに入りました。
お見舞いの人の足もだんだん遠のいています。

>人は生きている意味があるのです。

姑はこの状態で何を私達に教えようとしているのでしょうか。


ふみちゃん、ブログ続けてくださいね!


Posted by まま at 2010年04月18日 10:04
トボさんへ

コメントありがとう。
毎日、お疲れ様です。
--いつまで続くのだろう。--
私もそう、思っていました。
ショートステイの時はホッとしていました。
それがね、おばあが亡くなってしまったら
おばあの介護しているから自分の存在感が
あったのかもしれない・・・と、思うほど
空虚感が来て、落ち込みました。
自分で思うより、ずっと大きく、生活に入り込んでいました。
トボさんも、そうだと思います。
さあ、今度は自分自身の番です。
子供達に手間をかけないよう、おばあとは
別の形で存在感を残せるような人になって
老後を暮らさなくては。
せっかく学習させてもらったのですから・・
そう、思っているの。
Posted by ふみ at 2010年04月19日 23:48
ままさんへ

コメントありがとう。
義母さまは、もう3年にもなりますか。
考えちゃいますね。
何の意味があるのでしょう?
何を待っているのでしょう。
何を教えようとしているのでしょう?
何を考えているのでしょう?
どんな境地なのでしょう?
「生」って、何なのでしょう?
いつか、ままさんの中で、答が出るのでしょうか?

ブログ、ボチボチながら続けさせてもらいます。
こんな会話が出来る、この場所は私の支えになっています。
本当にありがとう。
Posted by ふみ at 2010年04月20日 00:00
ふみさん こんにちは

私は、介護なんて全く頭になかったときにブログを始めて・・・
同居と介護は始まって介護ブログのようになって今に続いています。

ばあちゃんと暮らして本当にいろんな事を考えます。
生きる大変さ。生きるということは素晴らしいこととともにとても大変なことですよね。
‘苦楽’です。

生きる意味は、まだまだわかりません。
生まれた時から死ぬ為の修行でもしているのかもしれない??

自分の死期が来ないとわからないのかもしれないなぁ〜。

ふみさんが、綴るお喋り楽しみにしていますので続けてくださいね。
Posted by うちゃこ at 2010年04月27日 16:41
うちゃこさんへ

コメントありがとうございます。

私達、良かったね。
夫婦と子どもだけの暮らしをしていたら
気がつかなかったことを、ばあちゃんと
暮らして、色々な思いをした。
経験をした分、人として、余計に成長できたかも〜。
自分達がばあちゃんになった時、学んだことが生きればいいね。
生きる意味は、ずーっと問いながら生きることで
枯れた歳になった時に、漠然とわかるのかな?
ブログが続いていたら、語り合いましょう。
Posted by ふみ at 2010年04月27日 22:05
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