2010年05月02日

幼い日の私

おばあの部屋の片づけをした。
今日は仏壇の、引き出しと一番下段の引き違い戸になっている
所を片付けた。
認知症が進んで、仏壇も物入れのように使ったおばあ。
筆記用具、ペンチ、ネックレス、鏡、手帳や古い通帳。
伯父の法事の時のメモ、買い物のレシート、手紙や写真等
まとめて捨てるわけにもいかず、保存しておく必要があるもの
もあるので、一通り目を通してより分ける。

感激した物。
昭和29年の消印のはがき。私の祖母の法事の知らせ。
それは、おばあや母の父親から、先に無くなった妻の法事の
お知らせのはがき、達筆でほとんど読めない。
おばあにとって、親の手によるはがきは大切なものだった
のだろう。

手帳、旅行に行ったとき、習い事の予定、買い物のメモ
友人の電話番号、などが書かれていた。
認知症になり始め(?)の頃の平成14年まで。
赤鉛筆でアンダーラインがあって、「これ重要」と添え書きが
あった。忘れっぽくなって、メモに残すようになったか・・

昭和33年に亡くなった叔父の葬儀の時の写真。
ほとんどが、この世の人ではない、伯父達や伯母達。
そして、とても若い父がいた。傍には幼い私と妹がいた。
懐かしい白黒写真だった。

捨てられない物は、元に戻した。
痕跡を失くすように空っぽにする必要も無い
時をかけて、捨てられる心境になるまで、ポツポツとすれば
いいかな・・






posted by ふみ at 00:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 遺品整理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは、今日も晴天です。
おばさまの整理ですか?
どれをも想い出深い物と思います。

母は父の洋服などほとんど捨ててしまいましたが、私は母のいない間にこっそり引き出しをあけ父の小物などとりあえずもらっていました。母は全部捨ててしまった思っているようです。

革製品が好きだった父、当時は高かっただろうと思う物がたくさんあります。
そしてカメラも、もう使えないかもしれませんがわたしのクローゼットにあります。
Posted by run at 2010年05月02日 14:11
runさんへ

コメントありがとう。

runさんの気持ちわかる〜ぅ。
同じことを私もしました。
父が亡くなった時、継母がさっさと父の物を
捨てました。
「こんなもの、取って置いても、欲しがる人もいないわね。」
「私、欲しい!」
父の趣味で集めていた、ループタイなど
持ち帰りました。
使えるわけでもないけど、私のタンスの引き出しに
しまってあります。
血のつながりがあるせいかしらね。
runさんも、同じことしていたのね。
何だか、うれしくなりました。
Posted by ふみ at 2010年05月02日 21:08
こんにちは〜

ご無沙汰しています。
今年に入り、母がひとり暮らしをしていたマンションの荷物を整理するため、
数回帰省して作業しています。
毎月の管理費や積立金の経費が馬鹿にならず、家族と相談して
部屋を賃貸に出すことを視野に入れた決断をしたのです。
できれば、元気で暮らしていた時のままの状態で、主が戻ってくる日をこのまま待ちたい・・・・。
でも、母がそこでひとりで生活するのはもう絶対に不可能・・。
まだ、生きている人の荷物の整理は、また別の意味で大変難しく、母の手帳など見つけてしまうと、
やはりしばらくは手を止めて読みふけってしまい、涙で中断してしまうこともしばしば。
母の生きてきた証のような品々を、誰がどんな権限で処分できるのか・・・。
葛藤しながらも、現実的判断をしている私。

「人間生きていくのに絶対に必要なものって、そんなにはないかも!
一緒にシンプルに暮らそうよ!」

受け入れ側の都合もあって、ほとんど着の身着のままで我が家で暮らすことになった母ですが、
1年たって、こうして母の部屋を見渡すと、母が一緒に暮らしていたあらゆるものを、
無造作に切り捨ててしまったことを、再確認させられました。

元気な時に好きで着ていた服やアクせサリー、溜め込んだ
しょーもないと思える品のひとつひとつにも、母なりの愛着と思い出が染込んでいるに違いなく、
お気に入りのテープルクロスやコーヒーカップ、未整理の写真や手帳、ノートなど
、少しだけれど持ち帰り、母の傍らで思い出の証人になってもらうことにしました。

巷で聞く、持たない贅沢・・なんていうフレーズも、
自分も空っぽになってしまったらどこか虚しく響いてきます。

Posted by 沌子 at 2010年05月04日 11:46
沌子さんへ

コメントありがとう。
お疲れ様です。
気持ちと現実の折り合いって、大変ですね。
片付けもむずかしい。
自分の物でも無い物を、いる、いらない、なんて
判断はしたくないですよね。
大事さの見当がつきません。
まして、生きてらっしゃると傲慢な感じがして。
少しでも、お持ち帰りになって、お母様に
手渡すという決断は素敵です。
沌子さんの優しい気持ちを感じます。
だから、余計に荷物整理は大変だったと
想像できます。
色々考えてしまいますね。
さて、今度、自分の番が来た時。何も
わからなくなる前に、荷物を整理したいと
考えていますが、どうなることでしょう?

Posted by ふみ at 2010年05月05日 21:09
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。