2009年01月17日

ボケの二次的要因

「どうしてボケるのか」で脳そのものの老化や病気について
書きました。
そして、風邪薬などでも一見痴呆のような症状が出ることが
あるとも。。。
他に

精神要因

入院したり、転居したり、家族の言葉づかいなどで心の動揺が
強かったり、気持ちが不安になったり、沈み込むとボケが〜。
ボケに逃げたくなるように、追い込まれる?

環境要因

家族との別居、死別、退職、転居の生活の急変についていけず
新しい環境になれなくて精神的に動揺してボケを進ませます。

一次要因と上記の二次要因。
こういったものが複合して、発症するようです。


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2009年01月16日

どうしてボケるのか

まだ省庁名が厚生省の頃に、「ボケ老人の介護と予防」という
薄い冊子を作っていて、それが手元にある。
そこの項目にあった。

どうしてボケるのか「原因」

数多くの病気が痴呆を引き起こしますが、その代表格が
脳血管性痴呆とアルツハイマー型、この両者の混合型も
稀ではありません。

アルツハイマー型:脳細胞が変性する、著明な大脳の萎縮が
みられます。進行は緩やかで持続的で、麻痺や言語障害は
比較的少ないです。このため徘徊や迷子といった介護上
困る症状がアルツハイマー型ではよく見られます。


脳血管性:脳の血管がつまったり(脳梗塞)、出血したり
(脳出血)その流域にある脳の組織が破壊されて起こる。
脳卒中の発作がなくても、小さな脳梗塞が多数生じたために
生じる場合もあります。高血圧や糖尿病、脳卒中の既往が
あることが多いです。

また、内分泌や代謝の異常などの疾患に伴って、一見痴呆の
ような症状が出ることもあります。
また高齢者ではホルモン剤や鎮痛剤・風邪薬などを飲んで
いる時もそのような症状になることもあるそうです。
この場合は身体疾患の改善によって、薬の服用をやめることに
よって、回復する場合が多いです。
ボケた、治らないと決め付けないで、診察を受けること。


だって・・・

おばあはアルツハイマー型だな・・
ラベル:認知症
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2008年11月30日

新聞の文化欄

日曜日の日経新聞の文化欄に「帰宅」と題して詩人の
井坂洋子さんが一文を寄せていた。

----* 時々自分が何処にいるかわからないときがある。

朝、目覚めた時そんな感覚になったり、旅先の宿でも起こる。
それでも、すぐに現実を把握し、不安も無くなる。。と続く
そして、祖母や父の最期の時を見て

----* 老いが深まってゆくと。心細くなって早く帰りたいと
願うのかもしれない〜〜
外界の認識が希薄になって、自分が今いるところがどこだか
わからない不安感が絶えず押し寄せ、自分の家に帰ってきても
本当に帰宅したかどうかも疑わしくなるのは最終的な人間の
表情だ。


そうなのかな〜?

おばあはこの段階に来ているけど・・

「自分の家」に限らず、何か全ての物の認識が怪しくなって
今日は居間の隅に置いてあるサーキュレーター(小型扇風機)
のそばに行ったかと思うと・・・
人間か、ペットかと勘違いしているらしく、手でなでながら
話しかけていた。

何に思えるのか??


ラベル:日経新聞 認知症
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2008年11月27日

麻生首相の発言

何もしないでタラタラ飲んで、食べている人は〜

今日もネットでニュースを見ていたら・・・・
麻生首相のこの発言。
高齢者への意見の一つなのだろうが、笑えない。
見ましたか?

--*---*----*

何もしない人の医療費、何で私が払う〜
麻生太郎首相が20日の経済財政諮問会議で、病院に通っている
高齢者を指して「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)
の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言していたことが
26日に公開された議事要旨で分かった。
社会保障問題の議論の中で「67歳、68歳になって、同窓会に
行くとよぼよぼして、医者にやたらにかかっている者がいる。
彼らは学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら(私)
のほうがはるかに医療費がかかっていない。
それは毎朝歩いたり、何かしているからである。
たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が
払うんだ。」などと発言していた。

 首相は、努力して健康を維持している人が払っている税金が、
努力しないで病気になった人の医療費に回っているとの見方を
示した上で、「努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、
そういうインセンティブ(動機づけ)がないといけない」と
述べるなど予防医学の重要性や健康を保つ努力が必要で、
膨らむ医療費の歯止めにつながると強調しているが、配慮に欠け
た発言と波紋を広げそうだ。

    ---*--*-----*----*-
これを読んで、その後少し経つと、次の記事が掲載された。

--*---*--*--*--

麻生太郎首相は27日昼、20日の経済財政諮問会議で
「たらたら飲んで、食べて何もしない人(患者)の分の金
(医療費)を何で私が払うんだ」と自ら発言したことについて
「気分を害された方がいるならおわびする。予防を全く考えない
のはいかがなものか」と釈明した。 

    ---*--*---*---

どう思います?

何もしないで、
何も良く分からなくて
飲んで食べてタラタラ生きて・・
そういう人を見守っているんですけど・・・私。
姥捨て山があるわけで無し・・
本人だって、なりたくなって、そうなったわけじゃ無し・・
どんな状態にしろ一日でも長く生きていて欲しいと願って
毎日を介護している人だっているでしょうし。
予防って言ったって、力の及ばない所があるでしょう・・

世の中、様々な人がいる。
首相の思うような健康に留意しない人がいるかもしれないが
そうでない人もいる。

配慮に欠ける。。。






ラベル:麻生首相 高齢者
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2008年11月26日

暴言や徘徊の理由

先日、「大きなお世話だよ!」と、言われカチンときたことを
書いた。

今日、ネットサーフィンをしていて、この一文に出会った。

---*----*----*

認知症は「何も分からない」か
【ゆうゆうLife】編集部から 2008.8.8 08:12

 乾燥機を買ったときのことだ。設置し終えた電器屋さんが
「奥さん、こちらへ来てください」という。
立ち会った夫ではなく、私に何の用かと思ったら、電器屋さんは
「ほかのボタンは考えないで、これだけ押してください」と、
スタートボタンを指さした。

 親切心からだろうが、「女性は機械に弱い」という偏見が
悔しかった。14年も前のことが頭に浮かんだのは、
認知症高齢者が日々感じるのも、同じような悔しさでは、と
思ったからだ。

 何もできない子供のように扱われたら、暴言や徘徊などが
出ても無理はない。
言葉での意思疎通が難しくとも“何も分からない”わけではない。
空気を読み、気配りもする。
グループホームのお年寄りは見学者によそゆきの顔を見せる。
記者が話しかけると、会話の糸口をつかもうとする意図を
察してか、「こんな赤ちゃんですみません」。
うまく対応できないことが、もどかしそうだ。

 ケアするはずの介護職が、お年寄りに調子を合わせてもらって
いるケースも少なくない。意思疎通ができていないことを
介護職に気づかせようと、認知症ケアで知られる岡山県の
「きのこグループ」は、研修に来る介護職とお年寄りの1対1の
会話を撮影する。なかには、「無理やり会話を迫る自分」を
映像で客観的に見て、目からうろこが落ちる体験をする人もいる。

 対等に向き合うことは難しい。
認知症の人とだけでなく、だれとでも。(寺田理恵)

       ----*-----*-----*

おばあも、何も出来ないからと有無を言わさず、事を進める
私に腹を立てての暴言なのか?
徘徊するのも、自分だってどこかに行くことは出来る。
あるいはこんな家にはいたくないと、出て行くということか?

まあ、この書いている方も、想像だから・・・
本当のことは誰にも分からないけど。

もどかしさを感じていそうな時も見受けられる・・し・・
訳も分からず、行動している時もあるし・・・

う〜〜ん??

分からないことを深く考えても〜意味無い。
まあ、お互い、心穏やかに暮らせれば、それが一番かな。


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2008年07月29日

清少納言

清少納言の言う


「ただ過ぐる物、帆をあげたる舟、人の齢」


「遠くて近きもの、極楽、舟の道、人の中」


ただ過ぐる・・・・人の齢

遠くて近き・・・・極楽

しっかり、生きねば。

生ききってもらわねば。。。
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2008年04月02日

長寿高齢者制度

今朝、出勤前にテレビを見ていると、

「後期高齢者制度」発足1日目にネーミングの変更。
福田首相が「後期高齢者制度」という呼び方はいかがなものか
「長寿高齢者制度」がいい。と、発言したそうな。

昨日、趣味のテニスクラブの花見に呼ばれ、おしゃべりして
いる時にこの制度の話題になった。
「私なんて、夫婦ともこの後期高齢者ですよ。まったく・・
前期や中期があるならいいですよ。後期だけだもの。
免許証も返還したほうがいい。とか言っているし、馬鹿にして
いる・・私は一生車の運転しますよ。。。」
まだ、週2回はテニスに興じている男性の話。
他の方も「あんたはそろそろ終わりだよ。」と言われたようだ。
という。
そうだ。前期や中期があるならいい。
そして、後期は100歳以上の方を対象に呼べばいい。
平均寿命が延びて、「75歳以上」はまだ平均寿命からしたら
10年も早い。
こんなふうに考えれば首相の発言した「長寿高齢者制度」も
平均寿命を過ぎた方の栄誉ある呼び名だと思う。
「75歳以上」は前期か中期にしておくほうがいい。
そうしたら、「まだまだ自分は・・」って思い、しゃんとして
いるのではないだろうか?
健康に過ごし、医療費のかからない老人を増やしたいなら。

なんだって、心持ひとつだからねぇ。。
デリカシィの無い「ネーミング」はやめて欲しい。
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2008年03月17日

老婆の詩

看護婦をしている娘が勉強会で何度か話を聞いたことがあり
もっと、知りたいとネットで調べて、その「詩」の全文を印刷
しました。
私に見せたいと思ったそうです。
「反省をしろ」ってこと!?

「詩」はイギリスの認知症の老女が亡くなった後
ベットを片付けた時に出てきたそうです。

認知症の人が書いたとは、思われません。


---*------*------*

何が見えるの、看護婦さん、あなたには何が見えるの
あなたが私を見るとき、こう思っているのでしょう
気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、日常生活も
おぼつかなく 目をうつろにさまよわせて
食べ物をぼろぼろこぼし、返事もしない
あなたが大声で「お願いだからやってみて」と言っても
あなたのしていることに気付かないようで
いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる
おもしろいのかおもしろくないのか
あなたの言いなりになっている。
長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり食事をしたり
これがあなたの考えていること、
あなたが見ていることではありませんか
でも目をあけてごらんなさい、看護婦さん、
あなたは私を見てはいないのですよ。
私が誰なのか教えてあげましょう。ここにじっと座っている
この私が
あなたの命ずるままに起き上がるこの私が
あなたの意思で食べているこの私が誰なのか

私は10歳の子どもでした。父がいて母がいて
兄弟、姉妹がいて皆お互いに愛し合っていました
16の少女は足に羽をつけてもうすぐ恋人に会えることを
夢見ていました。

20歳でもう花嫁。私の心は踊っていました。
守ると約束した誓いを胸に刻んで
25歳で私は子どもを産みました。
その子は私に安全で幸福な家庭を求めたの
30歳子どもはみるみる大きくなる
永遠に続くはずのきずなで母子は互いに結ばれて
40歳、息子達は成長し、いってしまった。
でも夫はそばにいて、私が悲しまないように見守ってくれました
50歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました。
私の夫と私は再び子どもに会ったのです。
暗い日々が訪れました。夫が死んだのです。
先のことを考え・・不安で震えました。
息子達は皆自分の子どもを育てている最中でしたから
それで私は、過ごしてきた年月と愛のことを考えました。

今、私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です。
老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談
身体はぼろぼろ、優美さも気力も失せ
かつて心があったところには今では石ころがあるだけ
でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて
何度も何度も私の使い古しの心をふくらます
私は喜びを思い出し、苦しみを思い出す
そして人生をもう一度愛して生き直す
年月はあまりに短すぎ、あまりに速く過ぎてしまったと私は
思うの
そして何物も永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです

だから目を開けてよ、看護婦さん・・目を開けてください
気むずかしいおばあさんではなくて、「私」をもっとよく見て!

                ---*----*----*----*


英語を日本語訳をしているから文章的おかしいところもある。

娘いわく、きっと「まだらボケ」のような時期に書いたのでは
ないか・・こういった時期が一番苦しいよね。全部
わからなくなったら、こういう思いも無いだろうし・・・

う〜ん、
一人一人にそれぞれの人生がある。
最終章にきた「認知症」の状態を見て、人格的、断を下しては
いないけど・・・・
ラベル:認知症
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2008年03月04日

ボケ診断たった1つの質問で

昨日の「テレビ東京」で「主治医が見つかる診療所」を放映。

天才脳外科医・上山博康先生が出ていた。

脳の最新情報。
生き方上手で認知症知らずに。
脳は若返る

先生がTVスタジオに来ていて、芸能人の質問を受けている時に

親でも誰でも見て、「ボケたかな?」て、思う時たったひとつの
質問で判断できます。言い切った。

それは・・
「昨日の夕飯、何を食べましたか?」 と、聞くこと。

ずーっと考えても、出てこない時は医者に行ったほうが良い。
少し、考えて出てくれば問題ありません。だって。

医者に行く時も、おかしいから脳神経科に連れて行くではなく
「調べてもらいましょう。まず脳から行ってみましょう。」
という言い方をすればいい。とのこと。

私も、緊張感の無い脳を活性化させるためにも自分自身に
時々、質問しよう。
昨日の夕飯の献立はすぐ出てきた。
おとといの晩は?・・ちょっと時間がかかった。
その前は・・だんだん、難しくなってきた・・・




ラベル:認知症
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2008年02月04日

老いと介護

『老いと介護』  --*- 日経新聞から抜粋 -*--

上野千鶴子さんに聞く

東京大学大学院人文社会系研究科教授
著書には「近代家族の成立と終焉」「おひとりさまの老後」など


老人が苦しまずにあっという間に別れを告げる、いわゆる
ピンピンコロリ(PPK)は理想の死に方と見られているが、異論が
あるという。

PPKは突然死だから不自然死でしょう。これに対して自然死
というのは、加齢が進んで足腰が立たなくなり、食べられなく
なり、呼吸障害が起き、そして死に至ること。その過程はゆっく
りし、寝たきりになっても平均八ヶ月はある。
現実は生涯現役を目指すアンチエイジングやサクセスフルエイ
ジング(成功加齢)という考え方がもてはやされる。
相当の高齢になっても元気でいる高齢者に注目が集まっている。
壮年期、中年期を死の直前まで引き延ばそうという、こうした
思想背景にあるのは、要介護状態への拒否感です。手助けが
必要な老年期を見たくない、受け入れたくない、回避したいと
いう態度です。
誰でも死に方は選べないものです。元気でない高齢者を差別し
恐怖感をあおるような考え方は問題だと思う。
弱者を退ける発想は、役に立たないと生きていてはいけないと
いうファシズムにつながるでしょう。
老人を差別すると、必ずしっぺ返しを食らう。
どんな人でも必ず老いが待っていますから。

上野さんが介護の研究に入ったのは、いずれ介護を受ける側に
なるという自覚があったからだという。単身だから孤独死の
可能性が高い。

孤独死は、たまたま他人がいない時に亡くなるだけのこと。
一人暮らしなら一人で死ぬのは当たり前です。家族がいても
外出時間が多いのが実情。老人の多くは日中独居が現実。
今は孤独死を恐れることもないし、避けることも出来ない。

世間ではまだまだ看取りへのこだわりが強い。
「一人で死なせた」とか「親の死に目に会えなかった」という
状況は悲しいこととされ、残された家族は自分を責めることも
ある。

私はがんで死んだ父を見ていて、死んで行くのはたった一人で
成し遂げるとことん孤独な仕事だと思いました。
父が亡くなったときは、週に一度東京から遠距離介護していた
自分がたまたま居合わせましたが、全くの偶然でした。これが
父にとって幸運だったかはわかりません。

孤独というネガティブな表現を変えれば、生き残った人たちが
自分を責める必要もないかもしれない。
一人死と言えば、いいのでは。誰の人生でも最期は一人旅なの
ですから。

介護を受ける時には、できるだけ賢い消費者にならねばという
思いが、この分野への背を押した。
サービス提供者側の態勢は整い、経験が蓄積されてきたが
介護を受ける側からの発信は少ない。
サービスの受け手は、消費者としてまだ成熟していない。
だから、利用者の満足度を気にする一般のサービス業とは程遠い
多額のお金を払っても必ずしも上質のサービスを受けられない
のが今の介護の世界。それだけに、当事者の声がもっと大きく
ならなければと思う。

〜〜〜〜

新聞記事、全文ではなく適当に中略・後略してしまったが
おおまかな内容を書いてみた。

何だか、私にとっては気づかされることの多い内容だった。
はっきりと、潔い、ひとつの意見。


ラベル:高齢者 日経新聞
posted by ふみ at 00:12| Comment(2) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月31日

老後の心構え

ネットでいろいろ見ていたら・・・
こんなコラムを見つけた。

---*----*-----*---*

賢い老いじたくを身に付けるために

認知症300万人時代にむけて

◇「自立力」を高める−−後見人制度の活用

 私たち日本人は、死について語ることは縁起でもないと遠ざけ、
老後について考えることを先送りしてきた。しかし、高齢者の
生活環境が激変している。現実には、高齢化、少子化、非婚化、
親族関係の希薄化などが一気に進行、「老いじたく」さえ怠って
いなければ避けることができたはずの悲劇がおこっている。
老いへの備えが不可欠な時代となろうとしている。【岩石隆光】

自分の老後は自分で備える〜〜

さらに記事は続く

                ---*----*----*----*

「家族会」に出席した時、「認知症の親」を自分の行く末と
思っている。と、発言した方がいたが私はそう思いたくない。
諦めてしまっているような気がして・・
現実なるかもしれないが、自分の始末は自分でやれるとこまで
する。そんな気概を持っているほうが認知症の発症や進行を
遅らせることが出来るような気がしている。
だから、この記事に納得。

ラベル:認知症
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2008年01月28日

署名

手元に用紙が回ってきた。
仕事先の関係で。

「介護職員の生活を守る署名」
にご協力をお願いいたします。


宛名が内閣総理大臣様・厚生労働大臣様
財務大臣様・東京都知事様
提出人は「全国○○保健○○協会○○○支部」
この書面にある説明は要約すると
介護職員に「普通の生活」を保障できる給与体系が可能になる
よう介護報酬の改定をお願いします。

用紙を回してきた施設からも簡単な説明書が添付されていた。

---*---*----*

たび重なる、施設の介護報酬減額改定で介護職員の給与があげ
られず、介護職員の安定した生活を確保することが困難になって
います。介護の専門学校は定員割れ、介護の現場からは介護職が
どんどん離れています。このままでは介護の担い手がいなくなっ
てしまいます。
国や都に、介護職員の安定した生活が保障できる介護保障の改定
を強く訴えたいので、是非とも署名にご協力をお願い申し上げ
ます。
      ---*-----*------*-----*

このままでは「介護難民」を出現させることになる強い危機感が
あります。。。と、脅しめいた言葉もある。

現実、職員数が足りないのでデイサービスの受け入れが出来ない
と、言われたらおばあは行き所が無い。
我が家の今の生活は崩壊する。
それは、困る。
でも・・・・
介護職員さんの給与があがることには賛成だけど、その財源は
利用者の利用料に反映され、値上がりが余儀なくされる?
それでは・・・・困る。

署名はするけど、気持ち複雑。





































































































































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2007年12月06日

マギー司郎

新聞の本の広告を見たのだろうか?
テレビで宣伝していたのか、忘れてしまったが。
手品師のマギー司郎さんが本を出していて、そのタイトルが

生きてるだけでだいたいOK 
“落ちこぼれ”マジシャンが見つけた「幸せのヒント」

本の内容は、読んでもいないのでわからないがこのタイトルが
気に入ってしまった。

生きてるだけでだいたいOK


おばあの介護に対する基本線のようで。
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入れ歯の誤飲

ネットでニュースを見ていたら、こんな記事を見つけた。
こんなことって、あるんだ。

おばあも、朝食時に入れ歯をつける。
パン・牛乳・果物と一緒に入れ歯ケースも置いてあり
食卓につくと「入れ歯から先よ。」と声をかける。

冴えている時は、最初に手にとり口にはめ込む。
そうでない時は、意味がわからず・・入れ歯を手に持たせても
二つに折って食べようとしたり、横に入れるべきところを
縦に口に持っていき、そのまま食べようとしたりする。
上下もわからないで、マゴマゴするし、入れることを放棄して
パンを食べ始めたりしてしまう。
だから誰かが様子を見ていないと、この記事のようなことも
起きてしまうかも知れない。
他人事では無いので、気をつけなくちゃ。

以下引用 --*--

入れ歯を誤飲、医師見過ごす。

飲み込んだ入れ歯を見過ごしたため患者が肺炎を発症、死亡させたとして、京都府警は6日、業務上過失致死の疑いで、京都市下京区の「武田病院」に勤務する男性医師(44)を書類送検した。医師は「もっときちんと診察するべきだった」と容疑を認めているという。

 調べでは、男性医師は今年1月27日、自宅で食事中に下あごの入れ歯を飲み込んで同病院に搬送された同区の無職女性=当時(60)=を診察、「入れ歯の飲み込みはない」と判断して帰宅させたが、5日後、食道に膿などがたまることによって肺炎を発症させ死亡させた疑い。

                  ---*---*---
入れ歯のサイズは4×6cm
患者さんが「飲み込んでしまった」と、申告していたのに。

大きなものも喉に入ってしまうことにも驚く。
また、おばあの場合は認知症だから、自分で説明も出来ない。

気をつけよう。

      
posted by ふみ at 13:29| Comment(2) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

自立老人

日経新聞の記事から
シングルライフを続ける仏文学者の海老坂武氏の話。

単身者世帯が三割を占める少子高齢化社会。
配偶者に先だ立たれても気落ちしない「自立した老人」を
めざそう。
長生きすれば誰もが一人になる時代。
シングルライフはさびしくない。
それよりも老い。
少し疲れやすくなったとか、耳が少々遠くなったという意識は
あるが肉体的に老いたなという実感はあまりない。
それよりも老いは社会的というか他人の目を通してのものだと
いう気がします。


〜中略〜

よく妻を亡くした男は急速に衰えていくが、夫を亡くした妻は
元気だといいますね。
これは夫は退職などで生活が浮いてしまうのに対し、妻は家事
などの生涯続ける仕事があってめげるわけにはいかないからだ
と思う。つまり人間が生きていくには未来や目標、仕事などが
必要なわけで、実は老いはそうした未来が少しずつ見えなく
なってくることからくる。だから僕は目標を立てて仕事をする
ようにしています。


〜後略〜   


アンダーラインを引いた所が共感した所。
歳を重ねてきて、見かけは「おばさん」なのでしょうが気分は
若い頃と対して変わっていない自分。
「老い」は他人の目を通してのもの。
そう、周りから自覚させられるもの? そうかも〜って気がする。
そして「目標を持つ」の言葉。
老いて、そのことに甘えたり、諦めてはいけないのだな〜って

「自立した老人」を目指さなくては!手(グー)


            

     
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