2008年03月30日

2005年頃は

05年3月

「真っ暗でわかんないよ。どこにいるんだよ?」と言いながら
階段をあがってくる。そのうち、声が小さくなった。
見に行くと、息子の部屋に入り込んでいる。午前4時20分
眠っているのに話しかけている。
「違う」と言いながら出てくる。
階下に連れて行くと、玄関の内、外、駐車場、居間、洗面所
家中の電気がついて、おまけに玄関が全開。
玄関には座布団が2枚。
居間のソファのクッションが片付けられ、おばあの毛布がある。
「おじいさんの具合が悪いので医者を呼んだ」

そういった、シュチエーションらしい。
おじいさんはとっくに故人。
そんなことは無いと、話し寝かせた。

少し経つと、私の名を呼びながら、また2階に上がって来る。
また同じ、全ての電気がつけられている。
「頼むから、寝て。部屋からもう出ないで。」

2階にあがっても、階下の物音に聞き耳を立てて、物音に降りる
また玄関の所に立っている。

別のある日は----

夜の10時ごろ。
玄関の灯りの前に座って、バッグの中をゴソゴソ。
自分の部屋の電気をつければ良いものを。
何をしているのかと聞けば
「お腹が空いたから食べ物を探しているの」
パンを上げて、部屋に戻した。


また、ある日は-----

来客があって、お菓子を置いて帰られた。
おばあが応対をしてしまった。
誰だか、わからない。
聞くと、亡くなった親戚の名前を言う。男女かもわからない。
翌朝、まともなことを言うかと思って、
「昨日来た人は誰?」
私に顔を近づけてきて、ゆっくりした小声で「外国人」
冗談で言っているのではない。真顔。
ガックリ〜


またまた深夜---

「ほたるの篭作りの先生が来ているんだけど、いないの。
 どうしていいかわからない。」
家の中で先生を探していると言う。
「はたるの篭作り」なんて、どうしてそんな言葉が出てくるのか


ある早朝----

前の家のチャイムを押し、「妹がいない・・」
訳の分からないことを言って起してしまった。


ある時は---

子ども時代に帰って、今友達と一緒に先生に立たされている。
いつまで立っていればいいのか、聞きたいので先生を探している
夜中の11時頃。


振り返ってみると、やっていることはおかしいが、この頃は
物語の説明が出来た。
2階にも、よく上がってきた。今は2階には来ない。
夜型で家の中の徘徊は、今も変らないが、理由を聞いても
単語が出てこなくて、話は出来なくなった。
確実にボケのステップアップはしているのを感じる。

そして2006年からは、
このブログにボケの出来事をメモっている。

はてさて、どこまで「ボケ道」を極めていくのか、楽しみ。
 



posted by ふみ at 00:24| Comment(4) | TrackBack(0) | これまでの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

2004年の頃

--*-- 1月

早朝、2階に上がってくるのが「くせ」になった。
午前6時前に寝室のドアを開けて「ケイサンはどこ?」
ケイサンとはおばあの実兄の名前。
「呼ばれたような気がするの。そこにいるのは誰?」
夫を指して聞く。

歩いて5分とかからない所にコンビニがあった。
そこへ買い物に行くことが出来ていた。
ある日は、いつのまにか、お弁当やおにぎり、おそばなど
たくさん買ってきた。帰ってきて
「あら?何処に行ったのかしら? 何もしないから怒って帰って
しまったのかな?」と、真顔で言う。
どうやら、実妹が遊びに来ていたと、思い込んでいた。

お稽古事はやめたが、習字だけは、お手本を本部から送って
もらい、作品を届けると評価をしてくれる。通信教育みたいな
形で続けさせていた。おばあから習っていた方がご近所だった
ので4人で一緒に。
準備をして、手本を置くと書けていた。
が、わからないのに、この手本は今月のでは無いとか言って
古いものを出してきて書いたり、手本の模写はいいのだが
名前まで模写になり、結局つきっきりで見ていないと書けなく
なった。本人は思い込みで言い張るし、提出期日迄に仕上げない
と皆様に迷惑かかるので、書かせるのに喧嘩のよう。
私がくたびれてきて、抜けさせてもらった。


--*---*--2月

私、頭がおかしくなって、わからなくなってきた。と言うように
なった。

TVのリモコンを持ってきて、これでお風呂をつけたけど
切るのはどうしたらいい? 

お風呂の「自動」がついていると、水があふれてしまうと言って
「そのままでいい」と教えるのに何度もやってきてはサッと
切ってしまう。

---*---*--春

実家に帰る。が始まる。

私のことが実姉のヒササンになる。
「ヒサ姉さん、いない?」と、声をかけてくる。
これは、今も続いている。ちゃんと「フミチャン」とわかって
いることもある。

徘徊の前兆か、デイサービスの人が迎えに来るのを早い時間から
外で待つ。待ちきれなくて、歩いていってしまう。
迎えが来たときに、姿が無い。

---*--*---* 秋

実家に帰ります。が、時々出てくる。
荷作りをする。玄関に布団を運び、空の靴箱に鏡とか衣類を
入れて紐で縛ってある。
実家に誰がいるの?と聞くと
親や兄弟がいるという。
親はいくつになったの?
「80。あれ? 私がその位だね。」正気に戻る?

夜中に2階に上がってくるのも、まだ続いている。

鍋に水を張り沸かすのも、時々する。

トイレが見つからないんです。
そうして風呂場のドアやタオル入れを開けて言う。

私の牛乳何処に置いてあるの?
流しを見たり、食器棚を開いている。冷蔵庫に気がつかない。

仏壇に線香が何本もたかれている。
「どうしたの?」皆さんが来たから。
誰も来ていないのに。
これを機に、仏壇からマッチや線香をすべて片付けた。

現実に起こっていないことが、おばあには見えるらしい。
楽しい話が多くなってきた。
皆さんは何処?
赤ちゃんを連れたおばさんがいたでしょう。
(どこの?誰のあかちゃんなの?)
このうちの赤ちゃん。兵隊さんの赤ちゃん。
?????

夜中に大きな声で、寝ながら歌を歌う。

混沌とした世界。






posted by ふみ at 17:00| Comment(2) | TrackBack(0) | これまでの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

2003年秋頃

この頃になると、少し無口になり、怒りっぽくなってきた。

朝5時頃、2階に来て「まだ皆寝てるの?」時間の観念がない。

お風呂を入ったことを忘れて、入ってないと言い張り2度目の
お風呂に入る。

選挙は行かなくては行けないものと思っている、良心的な国民
のおばあ。「明日の選挙、誰に入れていいか教えて」と言う。
新聞見て、自分で決めて。
決めたらしく、メモに書いて自分の部屋に持って行った。
翌朝、選挙なの?!
誰に入れていいか分からない・・昨日の繰り返し。
昨日書いていたわよ。
「そんなことありません。」逆切れして「行かない」
もう、無理。この時からおばあは棄権。

デイサービスの請求書を見て、こんなに高額なら
「もう、行かない」と一騒ぎ。すぐに忘れたが。
役所の手紙など自分宛のはわかるようで
持って行っては、どこかに失くしてしまう。
宛名を私宛に変えてもらった。

ショートステイの荷物も目に付く所において置くと
自分なりに、足したり引いたりしてしまう。その攻防に疲れる
出かけるまで隠して置くようにした。

庭の木を切ろうと、はしごを出してきたりする。
気づいた時は危ないので止めるが、結局切ってしまった。

デイサービスでお誕生会の写真をくれた。
こんなことしてもらちゃって、お礼は何をしたらいいのか・・
何度も相談に来る。

人の言うことなんて、聞かない。
自分の言いたいことだけを一方的に、繰り返し繰り返し〜

元気で、気が回って・・
posted by ふみ at 21:00| Comment(2) | TrackBack(0) | これまでの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

03年春頃の様子

ショートステイから帰って話を聞く。
不思議な作り話をすらすらと話す。
広い家でね。ふすまを開けて、大広間のようにして向こうの方が
男の人、こちらが女の人。布団をずらーっと並べて寝たの。
食事は自分達で作って食べるのよ。
私は作らないよ。いろんなことをする人がいて、お皿を並べたり
あとはカルタしているの。
送ってきた人はその家の息子さん。
ショートステイで寝ている所は、一人部屋のベッドなのに。

インターホンが鳴る。
一番に出て行く。何やら話をしている。
でも誰とどんな話をしたか聞いてもわからない。
出て欲しくないのに、行動は早い。

お風呂のスイッチ、どれを押せばいいの?
食後すぐに、それが始まる。
そして、水を抜きに行く。

家の電気のスイッチがわからなくなった。
洗面所の電気をつけたり消したり、お風呂場の電気をつけたい
らしいのだが、そのうち電気のスイッチで風呂が沸くか
聞いてくる。

玄関のスポットライトを指差して、これが点いていると
眠れないと、訴えた。
「石油でしょ。たれてこないか心配で」

わからないと、何かとっさに出てくるのか、混乱した頭で
考えるのか言う事、することがおかしい。



posted by ふみ at 12:00| Comment(5) | TrackBack(0) | これまでの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

5年前の状態

このブログを書く前の、おばあの状態を振り返っています。

2003年1-2月

まだ、自分で薬を管理し飲んでいたが、訳が分からなくなった。
日付を書いた袋を作り、5日分位を箱に入れて置いていた。
よく、その箱を見ているのに、飲み忘れる。本人に任せるのは
やめて、手渡すことに変えた。
本人は薬にもこだわった。
「私の薬を隠してどうするつもり、まったくひどいもんだ」
また、ある時は飲んだのに「飲んでません」
その度に「飲みましたよ」納得させるがまたやってくる。
4度目に来た時は
「薬飲まないと、眠れない。くれるまでここにいるから・・」
と憤慨している。「今日はもう飲んだからあげない」と言うと
「今日、もらってきたでしょう。私の薬だから・・人の薬
持ってて何処が面白いの!私に持たせてちょうだい!」

夕食が済むと、すぐお風呂に入りたがり、スイッチを入れてた。
自分の仕事と思っていたのかも。
それが、点けかたを忘れてしまった。ボタン一つなのだが。
そうすると、過去の知識が出てくるのか浴槽の上にある蛇口を
ひねって水を貯め始めた。かと、思うとスイッチを入れることは
出来たが、その後浴槽のそばにしゃがみこみ、頭を突っ込んで
何かをしていた。
聞くと「最初は水が出ている、これはいらないから捨てている」
お風呂の栓を抜いてしまい、湯が出てくる頃、栓をしている。
「自動で沸くから、スイッチ押したら何もしなくていい」と、
言うのだが、理解できず、この水を抜く作業はその後、何ヶ月も
続いた。おばあがお風呂場の方に行くと、何をするのか油断
ならなくなってきた。

台所でも火を使った。味噌汁を温めなおして忘れて鍋をこがした
大きな鍋に水をたっぷり入れて、沸かすことをよくやっていた。
「何するの?」
「沸かしておけば、なんにでも使えるから・・」
これも、昔の知恵か・・お湯は出るからと言っても繰り返された
いつかはファンヒーターの上に、水がたっぷり入った鍋。
ストーブだと思っているのか、違いがわからない。
出かけるときは火の元栓を閉めるようになった。

デイサービスに行く日と、そうでない日がわからない。
今日はお休みというと、その時は「あ、そう」
その後すぐまた出かけようとする。瞬間忘却。

食べていない。
お昼ご飯が済んでいるのに、午後3時頃昼を食べなかったと
いって、ご飯を盛って食べる。30分位すると今度はパンを
焼いて食べている。(まだトースターが使えていた)

庭の方に洗濯物が干してあると、頻繁に触りに行く。
手垢で汚れないかと思うほど、見に行き、さわる。
5分おきに繰り返していたりする。
まとめてすればいいのに、乾いた順に取り込み、たたむ。

思い込むと執着する。活動的。口も達者。





ラベル:認知症
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2008年03月25日

最初の介護認定

ボケ暦を振り返っている。
どの位前からで、どんな速さで進んでいるのか・・

2001年の春頃から、怪しくなってきたが、普段はまだ買い物
にも行けるし、バスにも乗れて出かけられた。
イレギュラーな事態が起こるとパニクってしまうようだった。
病院も一人で行っていたのに、待ち合わせをしたら来る事が
出来なかった。
買い物好きで、デパートに行き、勧められるまま同じような
ブラウスを続けて買ってきたりしていた。

2002年春頃。それまで進んで出かけていた、お稽古事に
年寄りがいつまでもみっともない。からと訳の分からない理屈で
通うのを止めた。
それで、通所介護が利用できればと、介護認定の申請をした。
まだ、話して分かる頃だったので、福祉センターみたいなところ
と言い聞かせ、役所の人がおばあちゃんの様子を見にくる。
と、伝えた。そしたら、その前日、美容院に行き、美容師に
言われるままか髪を黒く染めて来てしまった。
他人様が来ると、しゃっきとする。
髪は黒いし、姿勢はいいし、質問には余裕で答え、お茶まで
愛想良く勧める。
「認定、おりないかもしれません」と、言われ絶望した。
私も普段はこうではないのです。と、本人の前で話せなかった。

でも、介護1の認定がおりて、事業者と契約を交わし
デイサービスを何処にするか、3箇所見学の上決めることにする。

「私を老人ホームに入れる気か?」と、怒って見学に連れ歩いた
のに、施設の人の説明もそっぽを向いて口もきかず・・
カルチャーセンター並にプログラムが多い、現在のデイサービス
に決めた。
正常な時とおかしい時とまだらだった。
通い始めると、生意気に「あそこは年寄りばかり・・」
それでも嫌がらずに出かけてくれたので良かった。が、
職員さんが親切にしてくれるから、と、お金を包んで渡したり
食事が出るのに、お弁当を持っていきたがり、皆に配るお菓子を
持って行きたがり、本人なりに気を回すから、大変。
迎えの車を待たせたら悪いと、1時間も早くから外に立ち
家の中で待つよう言っても自分の意見を主張した。
利用料は私が払っているから、心配ないと話してもわからず
お金を欲しがった。小銭では納得せず、5万10万を持ちたがり
銀行からおろしてきて欲しいとか、あげくはお金を返せとか
マトモな時に、「失くすと心配だから」と自分から私に預けた
のに。お金のことはよく言ってた。

この頃は、家中に張り紙が増えた頃だと思う。
玄関には「家の中で待つこと」
炊飯器には「フタを空けるな」炊いている最中でも開けてしまう
電話には「取らなくて良い」チャント受け答えするが忘れる。
電気のスイッチには、場所を書いた。
結局、全部無駄だったが、こちら側の気休め。。。

2003年1月から、毎日のように繰り返されるボケ攻防
私は、おばあ専用のノートをつけ始めた。
ラベル:認知症
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2008年03月24日

ボケ暦は?

おばあは、いつ頃からおかしくなったのだろうか?

このブログの最初の日付は2006年4月2日。

その前に、毎日のようにトンチンカンなことをされて、
たまらず専用のノートに記録を始めた、その日付が
2003年1月27日から

自分のメモのような日記にあばあのことが書かれ始めたのが
2001年の始め頃。

まだ「習字」や「百人一首のかるた」「お茶」「お花」などの
趣味に興じていた。

私が「絶対におかしい」と気づいたのは
2001年3月に、おばあの姪が亡くなった時。
私の従姉にあたる。おばあの実家から連絡が来て日取りや
場所が知らされた。
日程の関係で、少し間があった。
私が一緒に行くと話して決めていたのに、忘れてしまったのか
その日から、毎日のようにおばあは実家に電話をし、
日取りはいつ? 場所は何処? 一人で行けないけど・・
あげくに、誰が亡くなったのか?
行きたくないんだけど・・・
そして、香典袋を何枚も書く、しまう、なくしたと騒ぐ。
当日の朝まで、そんなことをしていた。

この時に、ボケを意識した。

習字の師範だったので、生徒さんもいた。
どうやら、月謝を預かったの、預からないのと電話をしていたり
してたのも、その時期。

また、その頃おばあの習字の先生が病気をされて、おばあが
代わりにその先生のお教室の生徒さんを見ると引き受けた。
「無理だから」と、説き伏せて私が丁重に「お断り」の電話を
入れた。翌日、また電話をして約束したり・・・
気が強くて、自分がおかしいことに気がついていなかった。

私の帰りを、外で待っていたり・・

一人で医者に行けなくなったり・・

おばあはその頃、84歳。

2003年1月から書き始めた、おばあ専用のメモを読み返すと
この頃は、ボケにも理屈があって、また双方とも、ボケに慣れて
無くて・・私はここにイライラをぶつけていたのかも。

明日から、この頃のことを書いてみようと思う。






ラベル:認知症
posted by ふみ at 00:00| Comment(5) | TrackBack(0) | これまでの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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