2010年03月04日

2月27日その日

金曜日の晩、おばあは私の介助で「おうどん」を食べた。
1人前弱。いつもの通り、食も進んだ。
土曜日の朝、起こしに行った。
いつもと変わりなく、背中に手を回して体を起こし、着替えを
済ませた。トイレに連れて行き、用を済ませ、食卓についた。
トーストだと、食も進まず、上手に食べられなくなったので
小さなアンパンと、牛乳も味が薄くて、美味しくないのか
なかなか積極的に取らないので、マミーという乳酸飲料に、
何日か前から替えたら、よく飲むようになったので、それ。
そして、バナナ半分を食べた。
飲み込みが少し悪くなって来ていたので、時間がかかる。
「サッサと、食べちゃって〜」最後の一口のアンパンを、
おばあの口に入れた。

この日は月に一度、医者に行く日。
前日、デイサービスには「医者に行くので、お迎えは不要です。
お昼前には、届けますので昼食はそちらでお願いします。」と、
連絡してあった。

夫に車で、医院まで送ってもらった。
おばあは車に乗り込むまで、自分で歩いた。
医院の駐車場に着くと、おばあを車から降ろした。
「着いたよ。降りて」
夫は帰り、私とおばあは道路を渡って、医院に入った。
玄関に座らせて、靴を脱がせた。
混んでいたので、座る場所が無かった。
「このままで、いいか。」おばあは入り口近くで座らせたまま。
すぐ近くの椅子に座っていた方が、譲ってくれた。
おばあを抱きかかえて、椅子に座らせた。
手も足も投げ出すような格好で座ったおばあ。
もう一度、抱えて椅子に深く座らせなおした。
おばあは首を下に向けて、口からヨダレが下がった。
「おばあちゃん、どうした?」
そしたら、看護士さんが出てきて、キャスター付きの椅子を
持ってきて、そこに載せて診察室に運ぶということになった。
先生が血圧を測る。
87位だった。
おばあはうなだれたまま・・時々、気持ち悪そうに、吐く時の
ように口を開けた。
具合が悪いのか、眠たいのか、判断がつかないという先生。
とにかく、様子が変だから救急車を呼びますということになった。
看護士さんが連絡に走る。
先生がおばあの指の先に何かをはさんだ。
(酸素を量るものらしい)
救急車が来るまで、ベッドに寝かせようということになり
先生と私で、おばあを横たえると、おばあは「ふう〜」と息を
した。
この姿勢の方が楽なんだなあ〜位に思った私。
看護士さんが戻ってくると、もう一度血圧を測り始めた。
「駄目です、測れません。」
そのうち、救急車の方から電話が入り、酸素吸入はやっているか
心臓マッサージはしているか、聞かれている模様。
先生はその指示に、慌てて酸素の準備をし、心臓マッサージを
始めた。救急隊員が到着。
彼は「CPA]と言って、連絡している。
後で、CPAの意味を娘に聞くと、「心配停止状態」
おばあは、その時点で息をしていなかったよう。
「どうしますか?」救急隊員から聞かれた。
先生の指示は、懇意にしている近くの病院へ運ぶよう指示。
救急隊員は、高度な治療を受けたいなら、その病院では無く
他にあたると言う。
高度な治療とは、管を通して、延命のために色々するという。
私は、重い確認を軽く言われて、たじろいだが「自然に・・」と
答え、医者の指示する近くの病院に運ばれた。

家から、夫と息子・娘が駆けつけた。
院長から「11時にお亡くなりになりました。」と告げられた。
霊安室に移す準備が始まり、病院に着いて24時間以内に
亡くなってしまったので、警察の検視が入るので待機するように
看護士から言われた。
警察の方が来るまで、明るい霊安室で、ベットに寝たおばあと
家族で時間を過ごす。
おばあは暖かく眠っているようで、亡くなったなんて思えない。

12時過ぎていることを息子から言われ、デイサービスに連絡。
お昼を残して置いてくださいとお願いしていましたが、
亡くなってしまいました。片付けてください。先方はびっくり。

警察の方が来て、いくつかの質問に答え、おばあは警察が手配
した寝台車で検視のため、運ばれて行った。
家族はいったん自宅に戻り、警察から連絡が来たら迎えに行く
ことになった。
午後3時過ぎに連絡が来て、警察に出向くと、警察医が来て
「心臓はお歳のわりに丈夫です。脳梗塞も起きていなくて出血も
ありません。死因は多発性脳梗塞で・・」
白衣も着ていない、サンダル履きのくたびれた感じの先生だった

着ていた物は、ビニール袋に入れられ、渡された。
おばあは浴衣を着せられて、戻ってきた。
家に戻ると、布団を敷き、白いシーツを敷いた。
その上に、運んできた業者が持っていた布団や枕を出し
手早くおばあを安置した。

ここで、ここまでの精算(約5万円)をした。

次はお寺さんに電話。
業者さんの確認をして、そちらの葬祭屋さんに電話。
すでにお寺さんから、電話連絡が行っていた。

すぐに、業者がやって来て、枕もとのお線香やドライアイスを
セッティング。今後の予定、お坊さんの意向等、打ち合わせ。

今朝まで、一緒にご飯を食べていたのに・・・
どんどん、何かレールに乗せられて、事が進み、運ばれていく。
そこには何の感情も介在しない。

夜になって、おばあの傍に座った時に、突然悲しくなって
声を上げて泣いた。
そんな思いがあった訳でもないのに「ごめんね。」という言葉が
出た。

長く、現実で無いような一日だった。



posted by ふみ at 23:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 亡くなってから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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